バーテンダーになるには?

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 ここから先はロシアウォッカの歴史を見ていきます。

 14世紀末 イタリアのジェノア商人がウォッカの原型の酒をロシアに持ってきました。
 宮廷で飲まれたが、珍しいと言うだけで宮廷にも民衆にも不評でした。

 1448年~1474年 ロシア国内でのウォッカ醸造の下地が作られました。
 これまでは無課税だった全てのアルコール飲料が公国による専売制になりました。

 1502年 ロシア製ウォッカがはじめて国外(スウェーデン、バルト海東岸)に輸出されました。

 1533年 モスクワではじめてのバーのような飲み屋が開店しました。

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 もちろんメインメニューはウォッカでした。ツァーリ皇帝の行政機関が管理、経営していました。
 この頃にはウォッカ(Vodka)と呼ばれるようになっていたようです。

 17、18世紀頃は主としてライ麦で作られていましたが、
 18世紀後半辺りからトウモロコシやジャガイモも使用されるようになりました。
 徐々に現在のウォッカに近づいてきました。

 ピョートル大帝(1672~1725)は自身でも蒸留器の改良に積極的でウォッカを愛飲していました。
 それ以降、ブルジョワ階級及び貴族階級の間でウォッカ消費量が増大し、下層階級にも広まりました。

 1765年 エカチェリーナ2世が貴族に対しウォッカ醸造の制限を発表して貴族のウォッカ醸造は
 無税としましたが、家柄、位によって醸造量を制限しました。

 1810年 活性炭濾過による製造が始めて行われました。
 セントぺテルスブルグの薬剤師アンドレイ・アルバーノフが炭の吸着などの活性作用を発見し、
 ピョートル・スミルノフが最初にこれを利用したウォッカを製造しました。
 これによりクセの無い酒により近づきました。

 1819年 アレクサンドル1世により、ウォッカ製造・販売が国家専売になり
 値段は固定制になり、ロシア国内どこでも同一値段で売られました。

 19世紀後半には連続式蒸留機が導入され、よりクリアーですっきりした品質になり、
 ようやく現在のウォッカが完成されました。

 この頃にはウォッカと言えばロシアとイメージされているように、
 19世紀の帝政ロシア時代には政府の収入の約3割が酒税だったそうです。

 しかし、まだまだ世界的にはほとんど知られていませんでした。



 1917年 ロシア革命 これ以降亡命した白系ロシア人、ウラジミール、
 ピエール・スミルノフ(スミノフ)がフランスのパリで製造を開始して西欧にも知られるようになりました。

 その後彼はロンドンに移り、ギルビー社のキャムデン タウン蒸留所を指導し、
 1953年に彼の名を商標としたスミノフ・ウォッカを市場に出した。



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